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2020年10月25日 (日)

能州散歩-七尾城編-

先週の金曜日は余っている株主優待券を利用するため、思い立って能州へ。京都駅から

サンダーバード are go!!です。

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9号は速達性のある列車のようで途中停車した駅は福井のみ。二時間ちょっと

で金沢にとうちゃこです。前の座席のオヤジが福井まで目一杯リクライングを

倒していたのには切れかけましたが、それ以外は実に快適でしたね。

金沢では七尾線の特急に乗り換え。

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こちらは三両編成ですが、結構のってましたね。大概の客は和倉温泉に行く

お客さんでしたが。1時間ほどで七尾駅に。

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とうはくんがホームでお出迎えです。七尾市は長谷川等伯の出身地とか。

  

さてけふの目的は七尾城。お城までは駅から結構離れているんで、駅前でレ

ンタサイクルを借りるという手もありましたが、なんと返却は15:30までと早すぎ!

3時間で戻ってくる自信はなかったので、コミュニティバスを利用することに。

市内には100円で乗車できるマリン号なるものが走っており、1時間に1本でしたが

ちょうどバスが有り、15分ほどで七尾城の城史資料館につきました。

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まずは、こちらでは七尾城の歴史をお勉強。1Fは動画とパネル、2Fには出土

遺物などが展示されていました。

七尾城は能登守護畠山氏の居城。畠山氏は三管領の1つで畠山基国は明徳2

(1391)年、河内、越中、能登守護を兼帯。子の満慶が能登守護となり、

その後畠山氏が代々城郭を整備したようです。

 

かつての威容はYou Tubeにもアップされていた動画で知ることができます。資料館

では高画質の大画面でみることができました。

https://www.youtube.com/watch?v=22Ut_gz151w

隣には懐古館(旧飯田家住宅)もありましたが、別料金なんで要注意。スルーし

ましたが。

  

さていよいよ登城です。資料館からは看板がでてるのでそのとおり進むと

迷うことはありません。経過は以下の通り。

13:41 資料館

 ここからスタート。看板に従い進みます。

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 住宅地を抜けると舗装もされていない林道を進みます。

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 ここはかつての大手道で、この両側に武家屋敷があったとか。信じられんなぁ。

13:51 高屋敷

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 大手道のどんつきがこちらで畠山氏や重臣の屋敷があったさう。ここを越えると

 鬱蒼とした山道に。小田吉之丈顕彰碑からはいよいよ本格的な山道に突入です。

14:00 長 坂

 坂道をぜいぜい言いながらとうちゃこ。畠山氏の通用門跡です。ここからの通行は厳しく

 制限されたとのこと。

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14:07 寺鐘跡

 鐘があり朝夕つかれた郭。七尾城は山道の左右に色々と遺構があり、退屈しませんね。

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14:13 沓 掛

 いよいよ城内にはいるにあたり、こちらで身なりを整えたとか。道は 左右に別れま

 すが、ここはパンフに従い、左折して郭下の道を進みます。

14:20 寺屋敷

 水源であった樋の水を越え、次の看板を左折し坂を下るとまもなく寺屋敷につきます。

 かつては三重塔もあったとか。築山状の大塚なるものがありましたが、これは一体なに

 かしらん!?

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14:25 調度丸

 道をもどり、坂を登ると目の前には最大の見所である壇上の石垣が広がります。

 これはなかなか圧巻。

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 4~6段の石垣で構成。当時は高石垣を築く技術がまだなく、このような

 ひな壇上の形態に。野面積みの石垣は時代を感じさせます。階段をのぼると

 桜馬場と遊佐屋敷があります。遊佐屋敷は低層の石垣で桜馬場と区画されていました。

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 遊佐屋敷の奥には本丸との連絡道があります。目前には本丸の壇上の石垣があります。高さ2,3

 mのものが3段に積まれています。先程の石垣同様見どころの1つですが、昭和38年に崩落したた

 め、修復されたさうですが、その際モルタルを使ったり、不足した石を補うため二宮産の切石など

 が利用されたため、野面積であった往時の雰囲気は失われてしまったさう。今の時代じゃありえな

 いが、当時はそれが最善と思われたんでせうなぁ。

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14:35 本 丸

 階段を登りきると本丸に。標高306Mからは七尾湾から能登島も一望。絶景かな。謙信も

 愛した風景です。

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 南東隅には高さ4mほどの櫓台らしきものもありました。ただこちらは城山神社

 が作られたときかもしれないとのこと。発掘調査が待たれます。

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 また本丸の西側には、土塁と石垣で区画された外枡形もあります。本来はこちら

 が正式な本丸への通路だったとか。出入口の石垣はなくなったやうですが、

 それでも立派ですね。

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 道を下ると遊佐屋敷に戻り、西の丸を左に見ながら桜馬場を西に進みます。

14:51 温井屋敷・九尺石

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 こちらには九尺石の上に築かれ大手門があり、威容をはなったやう。また石は

 説明書によると城の鎮護の要の石であったとも。

 温井屋敷から二の丸方面。

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 石垣が至るところに顔をのぞかせます。

14:57 大堀切

 二の丸を越えるとこちらに現れるのがこちら。二の丸と三の丸を分断。高さ26m、

 幅40mの巨大なものでした。

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 15:00 三の丸

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 東西25m、南北110mの最大の郭です。こちらにかつては多数の屋敷が建ち並んで

 いたやうです。三の丸を下り、安寧寺を経由すると 再び沓掛に戻ってきました。

 15:05。帰りは延々と来た道を下り、わずか20分強で登城口に戻ることができま

 した。帰りは早いなぁ~。往復1:45の登城でした。

 

いや~それにしてもよかった。いままでの中でもベスト3には入る名城でした。やっぱ

七尾湾が望める景色が良かったね。これはリピありです。今度は是非逆ルートで。

 

さて無事麓に降りてきましたが、あいにくマリン号の発車時間とは合わず歩きで、つぎな

る目的地能登国分寺公園へ。

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そもそも能登国は越前国の一部で養老2(718)年に分立したとか。その後、

越中国に併合されますが、再度天平宝字元(757)年分立したさう(ちなみに

加賀国の成立は弘仁14(823)年です。加賀より能登が先輩だったとは)。

それもあってか、能登国分寺の設置は遅く承和14(823)年。それも、もともと

あった大興寺を転換したさうです。

パンフレットによると法起寺式のこんな伽藍だったとか。

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公園内には南門や塀や塔跡などが整備されていました。往時の雰囲気をちょこっと

味わえます。

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となりには展示館もあり、200円を払い見学しましたが、大したものもなく

こちらは失敗(T_T)。近くにロハののと里山里海ミュージアムがあり、どうせなら

そちらに展示物を移せばええのにねぇ。受付もミュージアムにあり、わざわざ

職員が、離れた資料館まで鍵を開けに行くという・・・(^_^;)、無駄な箱物

の典型でしたね。

  

最後は七尾市立図書館で七尾城のお勉強。晩飯は予約した宿のある和倉温泉駅

前のはいだるいで能登はいだるいカレーをいただきました。ちなみにはいだるい

とは能登弁で「くだらない」とか動きが「のろかったり」、気抜けしたときに

使われるさう。カレー自体はイカやタコに能登の野菜などがたくさんはいったもの。

カレー自体は素朴な味わいでしたが、具が非常に美味しかったですね。

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本日の宿は、αーインとビジネスホテル。GO TOトラベルで宿代は2800円

程度と格安。あとホテルでこちらもゲットできましたし(^o^)。

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またホテルでレンタサイクルを借り、総湯にも入れたのはよかった。

せっかく温泉地にきたんやからねぇ。ギリギリ滑り込みでしたが。

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それにしても温泉が塩辛かったのはびっくりしたなぁ。なんでも源泉を加水しな

い、100%ゆえとのこと。温泉で疲れも癒され、1日目はお仕舞い。

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