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2020年3月24日 (火)

京都神仏霊場めぐりから壬生界隈

先週の日曜日は京都へ。京都も今はコロナ騒ぎで空いているということで

急遽発向。案の定、近鉄もガラガラ。竹田から地下鉄で一気に今出川へ。

まずは駅前にある神仏第98番の大聖寺へ。

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普段は拝観できないんで、こちらはぜひこの機会にと。

門を入ってすぐ右手にはこんなものも。

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こちらにはかつて義満が築いた花の御所があったところ。12代義晴の

代までこちらで幕政が執られていたやうです。

さて大聖寺の開基は光厳天皇の妃日野宣子。寺は室町時代に転々としますが

江戸時代に現在の地に移転したとのこと。御寺御所と称される尼門跡寺院でも

あります。

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さて拝観料を支払い、一緒に朱印もいただきましたが、悲しいかな書

置きだけです。せっかく来たのに、なんだかなぁ(-_-;)。

内部も写真撮影はできない、あと解説がなく、なんだかよくわからなかっ

たというのが正直な感想。まあお寺なんで仕方ないかもしれませんが、

特別「公開」なんだからねぇ、もうちょっと工夫してほしい。

 

さて今出川からバスに乗り、東行です。銀閣寺道で下車し、久々の慈照寺を

目指します。途中のお土産屋もコロナの影響下閑散。手持ち無沙汰な感じで

した。

Ginkaku014

商店街のどんつきにあるのが神仏霊場第109番慈照寺。こちらを参拝する

のは中学校の遠足以来かしらねぇ!?

慈照寺は相国寺の山外塔頭の1つで、足利義政の隠棲するための山荘

(東山殿)として文明14(1482)年から浄土寺のあった地に造営を開始。

15年に常御所、18年に持仏堂としての東求堂が完成しますが、観音殿

(銀閣)が完成したのは義政の死後でした。

  

総門を右に曲がると銀閣寺垣の続く参道が伸びます。中門で拝観料を払う

とすぐに右手に慈照寺の目玉である観音殿(銀閣)が現れます。

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連並ぶ花頭窓のある2Fは観音菩薩を祀る16畳の唐様仏殿。一方

1Fは8畳の心空殿と6畳の居間からなる書院建築と実に対照的。この

あたりは金閣と同じですね。銀閣はこの地で新造したわけでなく、

費用を抑えるため移築したものですが、実に風景によくなじんでました。

金閣も嫌いじゃないが、やっぱシックな銀閣が好きだな。

 

境内に広がる錦鏡池の周囲には銀閣のほか、江戸時代に再建された

方丈、さらにその隣には銀閣と同じく国宝指定の東求堂。

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東求堂の東北側にある書院が同仁斎。四畳半に一間の付書院と

半間の違い棚からなり、和室の原点となるもの。残念ながら

中は見学できませんが、さういや教科書に載ってましたね。

 

東求堂の前からは銀沙灘、向月台越しに銀閣を再度拝むことができます。

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ちなみに銀沙灘と向月台は白川の白石を用いて作られているとか。

美しいぜ。

東山側には遊歩道ができており、義政が利用したお茶の井などもあ

りました。

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また少し登れば、京都の街も一望。絶景かな。

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久々の参拝でしたが、これぞ京都のお寺感満載の慈照寺に

癒やされました。

 

さて慈照寺前から哲学の道を南下。ウォーキングする地元の人の他、

欧米人の観光客がちらほら。こちらも空いていますね。

南禅寺から金地院を経て地下鉄蹴上にとうちゃこです。

 

地下鉄で二条駅へ。三条通商店街をぶらぶら。三田村邦彦の旅番組なんか

でよく出てますが、思ったより寂れてるねぇ。近くには六角獄舎跡も。

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安政の大獄以降、政治犯が多数収容され、禁門の変により火が

獄舎に迫った際は、平野国臣をはじめとしたたくさんの尊皇攘

夷の志士たちが斬られたさう(^_^;)。

 

こちらの近くには餃子の王将1号店がありましたが、大行列で

断念。

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四条大宮駅まで軽くランチを済ませ、西に進むと新選組ゆかりの地に

とうちゃこ。

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こちらは新選組の屯所の1つであった旧前川邸。西隣には旧八木邸もあ

ります。八木邸は見学できるんで見てみたかったんですが、お抹茶付き

の見学券しかなくパス。新選組ゆかりの壬生寺にお参りしました。

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京都では珍しい律宗。正暦2(991)年創建です。

本尊は延命地蔵菩薩で古来より地蔵信仰で有名。また都の裏鬼門にあたることから

厄除開運の寺となったさう。  

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本堂は1965年の再建と比較的新しいもの。有名な壬生狂言が行われる

大念仏堂は重要文化財に指定されていますが、残念ながら見学はでき

ませんでした。

 

また新選組が、武芸や大筒の兵法調練でこちらの境内で利用したこと

から境内には壬生塚なる新選組ゆかりの遺跡も。

200円払うと壬生塚を見学でき、塚には近藤勇の胸像や芹沢鴨と平山五郎

のお墓などもありました。

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また阿弥陀堂の地階には歴史資料室もあり、新選組のパネルや皇室の

拝領品や仏像などもあったり、いろいろ見どころありましたね。

こんど来るときは、是非壬生狂言を見てみたいな。

 

そんなこんなでいい時間。二条まで再び歩き、定番の志津屋でお茶をし

久々の京都ご朱印めぐりは終了したのでありました。

 

 

 

 

 

 

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