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2020年2月29日 (土)

西国第23番 勝尾寺から緑地公園

先週の土曜日は久々の西国二巡目再開です。北千里から阪急バスで一路目

指します。千中からたくさん乗客が乗り込んできましたが、チャイニーズ

などもおりビックリ。途中、車窓には北急の延伸線の工事も。山道に入り、

くねくね道を行くことしばらくとうちゃこです。

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応頂山勝尾寺。創建は神亀4(727)年の僧善仲、善算が草庵を結んだことに

はじまり、その後開成皇子(光仁天皇皇子)がこちらで修行したさう。

平安時代になり、清和天皇は座主であった行巡上人に病気平癒のため、山を

降り宮中祈祷を依頼するが、上人はこれを断ったため、勅使は激怒した。

すると上人は宙に浮き、勅使を驚かせたという。上人の力に驚いた天皇は、

山中での祈祷を認め、やがて病気も平癒したという。天皇は朝廷の力も

及ばなかったことから「勝王寺」の名前を与えたという。その後、王の字は

恐れ多いことから現在の寺名に。

 

境内はこのように山肌に広がりますが、意外と開けていることにびっくり。

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山門をくぐり、坂道と階段をずんずんと進みます。途中だるまが多数。

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勝だるまといい、勝尾寺はその名からも「勝運の寺」として

著名で、勝負事など必勝祈願し、勝てばこちらに奉納するさうです。

さういや昔、うちにもこちらの勝だるまがありましたが、奉納する

ことはなかったなぁ。

さらに階段をのぼると色鮮やかな本堂が目の前に広がります。

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こちらの本堂と山門は慶長8(1603)年に秀頼が寄進したものださう。

塗装が丁寧に塗り直されているのでそんな古いように見えませんでした。

けど文化財指定されていないのが不思議。桃山期の巨大本堂なのになぁ。

境内最古の薬師堂は残念がら修理中で見学できず残念!またの機会に!

 

読経後、御朱印をいただきました。やっぱこちらも人が多いですが、3人

体制でさばいてました。出口には喫茶やお土産コーナーを扱った売店も。

なかなかお寺のグッズも充実していましたね(^_^;)。

それにしても意外な参拝者の多さにビックリ。受験シーズンというのも

あるんかなぁ!? 

 

バスで千中までもどり、北急で緑地公園へ。駅前のおしゃれ中華でランチ後、

服部緑地にはじめて行きました。

こちらでは日本民家集落博物館へ。建物を見るのは好きなんでねぇ。

園内には12棟ほどの建物が点在。うち3軒が重文にも指定されています。なかで

も気になったのがこちら。

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信濃秋山の民家で、壁面にも茅を葺くなど一見日本民家っぽくないぞ。

壁の茅は夏は薄く、冬は厚く葺いたさうです。

内部も土座住まいといって、土間の上に茅束を敷き、その上に蓆をおいて

生活したさう。建物も掘立柱であるなど、まるで大きな竪穴式住居みたい

で独特。

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ただ床下がないのですきま風も吹かず、囲炉裏の熱が床に直接伝わるなど

部屋内は温かったようで、上越地方では明治までこの形式はつづいたさう。

 

ほかにもうちおろし板をめぐらした十津川の民家や飛騨白川郷の合掌造の民

家などたくさんありました。ただどれも結構傷んでたのがちと気になった。

また園内には梅園があり、梅の花が満開で実に美しかったですね。

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帰りはそのまま御堂筋線で。淀屋橋odonaの地下でお茶をし、久々の西国巡礼は

終了しました。

 

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