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2020年1月の3件の投稿

2020年1月22日 (水)

私部城界隈★彡

日曜日は交野市立教育文化会館の歴史民俗資料展示室で

「安見一族と城」が開催されているということでいざ交

野へ。文化会館までは車で行きましたが、道がとりえあず狭

いぞ。冷や汗をかいた(^_^;)。

文化会館の建物は欧州の中世城郭をモチーフにした独特の建造

物で屋上には狭間も設けられています。かっけ~ぞ(^^)!

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もともとは交野無尽金融株式会社の社屋として昭和4年に建造され

たものだそうです。流石に内部はかなりきてましたが(^_^;)。

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常設展では交野市の縄文時代からの現在までの通史を紹介。

そしてそのとなりに小さなコーナーですが、今回のメインで

ある安見氏関連の展示。これが見たかったのや!

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安見氏ではいちばん有名な宗房と右近を中心に紹介。

宗房は越智氏の家臣中村圓賀の子として生まれたさう。軍記物

では直政と書かれる人物で一般的にはこちらの名前のほうが

有名かもしれません。生駒の鷹山弘頼とともに勢力を拡張し、

天文20(1520)年には飯盛城主にまで上り詰めます。しかし、

三好長慶に飯盛城を終われ、その後は足利義昭の奉公衆となった

ようです。その晩年は不明とのこと。

 

いっぽう右近は宗房と同族と思われますが詳細は不明。

星田に地盤を置き、河内守護畠山氏や松永久秀に従いますが、

信長が上洛すると早くに仕え、元亀元(1570)年には、私部城

主になったやう。また佐久間信盛の娘を娶り、織田家中での地位

を固めたようですが、元亀2年に久秀より暗殺されたやうです。

右近の後は新七郎が継ぎますが、最後の私部城主となり城も

廃城されたようです。 

  

このようにして河内の安見氏は、歴史から姿を消しますが、伊予や

加賀などでその一族が、砲術の名家とし残ったようです。新七郎が

枚方の鋳物師に諸役を課したことから、新七郎ゆかりのものかも

しれません。なかなか興味深い展示でした。

↓城址から発掘された鬼瓦。
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教育文化会館をあとに機物神社を参拝です。機物とかいて「はたもの」

と読みます。

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祭神は棚機比売大神。織姫ですね。参道を行くことしばらく左手に

拝殿が。参道が東西にある所以です。昔は南側に参道があったん

でせうが、今は倉治小学校の敷地になってますね。

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交野には機物神社以外にも七夕や星にまつわる地名や寺社がいっぱい。

天の川に逢合橋に星田妙見宮などなど。そもそも交野には「八丁三所」

という伝説が有るさう。弘法大師が獅子窟寺で修行しているときに北斗

七星が星田の光林寺、星の森、妙見山に落ちたというもの。まさに「星

の降る里」ですね。境内にはこんなものもありました。

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交野市のゆるきゃら、おりひめちゃんらしい。どこまでも★彡。

 

さて参拝を済ませた後、市役所に移動。こちらでマンホールカードをGET

しました。市役所のすぐ北には私部城跡があるということでそちらも見学。

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城址といっても、説明板と土壇、堀跡が残るくらいですがね。まあ平城

だから仕方ないといえば仕方ない。けど予習はさきほどばっちりしました

からね~。

こちらは↓二郭と本郭を隔てる堀です。

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すっかり畑と化しています。二郭には登れますが、本郭は民家の

裏にあたり見学は不可能っぽかったです。

二郭の南には水堀の一部が現存します。この日はすっかり水は引けて

いました。

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さきほどの展示会でももらったパンフレットを見ると、昔はこんな

感じやったみたいですね。

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泥田と水堀の中に曲輪が浮いていたみたい。今は、かつてをしのぶ

ものは数少ないですが、町中に残された中世平城の貴重な遺構。調査

を進めその全貌が明らかになることに期待します。

 

 

 

 

 

 

2020年1月19日 (日)

泉山七福神から京都迎賓館

 

 

成人の日は、毎年恒例の泉山七福神めぐりへ。昨年は体調不良のため、2年ぶりです。

今年は暖冬のせいか、参拝者がやや多かったやうな。

雲龍院では、今年も大黒様から草餅もGETです!これがうまいんだなぁ(^^)。

また当日は天気もよく、悲田院からは京都市街が一望でした。

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お参りを済ませ、泉涌寺道から市バスに乗ります。バスは東大路通を通りますが、

四条河原町、京都駅を経由しないことから、観光客は少なく意外と空いてたり。

丸太町河原町で下車し、バス停の近くでランチ。お魚のお店、なかなか美味しかった。

お腹もくちくなったところで、けふ二つめの目的地である京都御所に向かいます。

 

今回は広い御所のなかでも京都迎賓館に向かいました。当日はパレードで使われた車

が展示されているということで。基本、予約制ですが余裕があれば当日受付でもおk。

入館券を2000で購入し、地下駐車場で待機です。

それにしてもガイド付きとはいえ、高えなぁ(^_^;)。赤坂でも1000円やぞ~。

 

時間になると、ガイドさん引率のもと出発。まずは地下にあった祝賀御礼の儀で利用

されたセンチュリーを見学!

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排気量4968ccの超大型。ちなみにナンバーは祝賀御礼の日です!

ガラス越しとちと無粋でしたが、歴史的なものを見学できげきか~ん。

ツアーは再び地上に出ます。玄関横でスリッパに履き替えいよいよ内部へ。

我々はスリッパですが、要人たちは土足のままのようです。和風建築だけ

土足と言われ、ちと違和感。

 

内部は間接照明を利用し、全てにおいて贅の極みを尽くしたつくり。

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まあ国家の威信を示す意味でも金をかけるところはかけんとね。

扉に施された截金細工もお見事の一言です。

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座敷からの景色も絶景です。色々計算しつくされた景色に癒やされます。

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池の中にそそり立つ石柱は、鴨川に掛かってた橋桁らしいす。見学をこの池を

ぐるっと廻る感じ。

最後の部屋からは

 舟遊びもできるやうです。

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ワンチュク国王も乗られたとか。

 

だいたい70分のコースでした。最後に地下駐車場で建物の模型をみたら

なんと全体の1/3程度しか見学してなかったんすねぇ。

しかも和風の建物は地味やし、正直歴史もない。ちと2000円はボッタクリ

感がありましたね~(^_^;)。

 

2020年1月13日 (月)

狭山池と北条氏

土曜日は南海6000系で高野線を南下です。近畿では珍しい

2扉車です。

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大阪狭山市駅で下車。カラー舗装されたみちを進みます。こちらは

かつての中高野街道にあたります。報恩寺の交差点を北上。

ちょこちょこ街道筋らしく古い家並みも残りますね。西側に小さな

広場があり、こんな石碑が。一帯はポケットパークとなっています。

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ここは、かつての狭山藩の陣屋跡。狭山はかつての関東の雄北条氏の

城下町。北条氏といえば、小田原開城後、先代氏政は切腹、当主

氏直は高野山に蟄居するなど、滅亡したかに思えますが、その後許さ

れ、氏政の弟氏規の血筋が狭山に1万石の領地を得て明治まで続きます。

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古地図をみると、かつての上屋敷の馬場付近にあたるよう。

残念ながら遺構は皆無ですね。

 

陣屋跡の西に向かうと狭山池にとうちゃこ。

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堤に上がってみて池を見渡します。

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思ったより小さかったかなぁ。池には隣接して府立狭山池博物館が

ありました。

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安藤忠雄の建築ということでとりあえず斬新。

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ただ入り口とかわかりにくい(^_^;)。

内部は狭山池にまつわる展示が多数。狭山池は7世紀あたま、推古朝に

造られた日本最古のダム式溜池。その後、行基や重源、片桐且元などに

より度重なる修理が施されました。1400年の歴史を刻む堤の断面など

見どころ多数。

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下に見える江戸時代の木製の東樋などの出土遺物は一括で重要文化財に指定

されたさう。

昭和の取水塔も移設されていました。圧巻!

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当日はこんな催しも。

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まあこれを見るため足を運んだわけですがね。

 

初代氏盛から12代氏恭までの歴史が手にとるように。代々が関東を

離れたあとも早雲寺を庇護したり、先祖の墓地を整備するなど北条氏

が・・・・。

また講演会もあったんでせっかくなんで参加してきました。北条氏

の被官で池守をつとめた田中家に所蔵された文書の話とマニアックな

ものでした。ならんかの理由で藩庁廃止時に資料を田中家が引き受け

たことや所蔵された資料でも狭山藩の文書は厚手の奉書紙や美濃紙で

あるが、田中家文書は美濃半紙がほとんどで、紙の質から違うこと

などなかなか興味深い内容でした。

 

また秋には北条氏のサミットもあるさう。都合がつけば聞いてみたいか

も。狭山池に北条氏、あまり知らなかった世界を知ることができ、

なかなか実り多き1日でしたね。

 

 

 

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