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2019年5月の8件の投稿

2019年5月30日 (木)

三つ唐臼(三碓)界隈

富雄に鎮座する添御県坐神社を参拝。前々から存在自体は知ってたん

ですが訪問するのは初めて。

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式内と書いてますが、歌姫にも同名の神社があるようで、こちらも

その論社の1つのやうです。

鳥居をくぐり、上り坂の参道を進むと。

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左に行くと根聖院。もとは神仏混淆で神社と一体やったやうですね。

こちらはあとで訪問します。まずは右の階段を登り添御県坐神社へ。

「そうのみあがたにいますじんじゃ」と読みます。もともとこの辺は

添郡と呼ばれ、添郡の県に鎮座する神社という意味ださう。県とは

朝廷の直轄地らしい。

 

社殿は西向いて鎮座。南やないんですねぇ。

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その奥には覆殿の下に五間流造の立派な本殿が。重文にも指定されて

います。建立は永徳3(1383)年とかなりの古建築。しかし覆屋のおかげ

で保存状態はよしです。北側、福神宮の前から本殿は見学することができ

ます。

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三棟の流造を連結した形で千鳥破風が印象的でした。三棟それぞれには

主神の建速須佐之男命と武乳速命(たけちはやのみこと)、櫛稲田姫命

をお祀りしています。

 

境内は広く南側から東に進む山道を進むと天香久山神社や竜王神社があり

ました。大きな楠が生え、ここが都会の中とは思えませんでしたね。

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さてお隣の根聖院へ。北和霊場第三十三番札所です。

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こちらの境内には面白いものが。

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奈良時代の唐臼のようで、米をこれで搗いたとか。天面に2つの窪みがあ

り(もともとは3つ)、この3つの唐臼(碓)を見た聖武天皇がこの地を三

碓(みつがらす)と命名したとのこと。

 

地元民としては読みこそ知ってましたが、その難読地名の起源がわかり、げきか~

んでした。

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2019年5月26日 (日)

北畠氏祈願所めぐり

昨日は1ヶ月ぶりの美杉町。いつもどおり一志から名松線に乗車しましたが、えらい

人。お蔭で1時間ちょい立たされる羽目になりましたね。

ちなみに原因はこれでした!えらい日にきたなぁ(^_^;)。

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レンタサイクルを確保し、いざ川上若宮八幡宮へ。雲津川沿いをぐんぐん

坂道を登っていきます。快走する県道695号は行き止まりということもあり

車の通行はほとんどなく道幅は広くないですが、快適に走行できます。

途中、ウッドジョブの撮影場所やアマゴ釣りも。

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祓社にお参りがてら休憩。なんやかんや坂道を走ること、30分弱

でとうちゃこしました。電チャリですが、それでも結構つかれましたね。

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川上若宮八幡宮は仁徳天皇と磐之媛命を祀る日本最古の若宮八幡宮

ださう。若宮というのは八幡神である応神天皇の若宮を祀ること

から若宮八幡宮とのことです。

修験道の聖地でもあり、北畠氏の崇敬も篤かったさう。また塚原卜伝

が多気に滞在した際、こちらで修行したとも言われています。

 

自転車はこちらにおき、鳥居くぐり更に参道を進みます。

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結構、デンジャらすな灯籠がお出迎え。社務所横の手洗場で身を

清めます。こちらがその手洗場。さすが雲津川の源流、水が

めちゃめちゃ澄んでました!

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橋を渡り、更に進むと杉の巨木がお出迎え。神様の息吹が聞こえてきそうな、神々しい

雰囲気。こちらでは携帯も流石に圏外でした!

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そしてその奥に拝殿と本殿が鎮座されてました。

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二礼二拍手一礼で参拝。拝殿奥には神明造の本殿がちらりと、サイド

から拝めました。

奥一丁石碑のある鳥居を越え、雲津川に沿いさらに奥に進みます。

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再び橋を渡ってしばらく行くとみそぎ滝、不断社にとうちゃこです。

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まさに神がおはします雰囲気たっぷり。身も心も洗われた次第。

しましたね。30分頑張ってやってきた甲斐がありましたね。

もみじもちらほらあったし、また涼しい季節にお参りしたい!

帰りの自転車はほぼ下り。15分ちょいで奥津にとうちゃこです。

 

イベント開催ということもあり、出店も出ています。当方は炊き込

みご飯にあまごのほぐし身が入ってあまごめしをいただきました。

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しばしクーラーのきいた休憩で一服し、今度は伊勢本街道を西に進路をとり、真福

院を目指します。こちらもえんえんと登り~。電チャリのバッテリーは残すとこ60%。

庚申堂を拝み、368号線を渡ると三多気の桜の石碑。

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三多気の桜は日本の桜は、昌泰年間(899頃)、理源大師が真福

院に留まり、桜を植えたのが起源。初代国司顕能も国司館からこち

らまで桜を植え、現在は国道から1.5キロほど桜並木が残り、日本

さくら名所100選にも選ばれています。

 

当日は桜花こそ無いものの、棚田との景色に癒やされました^_^。

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それにしても、こちらの上り坂は若宮八幡宮以上に急峻。バッテリーはあっとい

う間に残すとこ30%で鳥ようやく真福院にとうちゃこです。

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真福院も若宮八幡宮と同様に国司家の祈願所です。鳥居の右手には

弘長供養塔や県内最古の宝篋印塔がそびえていました。

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こちらの参道には大欅が!川上若宮八幡宮に負けず劣らず神秘的な雰囲気が

漂います!

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隙間からは山門が見えます。朱塗りの山門の隣には清盛杉もあり

ます。

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門を抜けると蔵王権現を祀る蔵王堂が鎮座。

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鉄葺きの印象的な本堂。内部には神社厨子がありました。鳥居といい、

厨子といい、神仏混合が色濃く残る寺院でした。

こちらからの帰りもひたすら下り。結局、バッテリー残30%で

電チャリも無事返却できました。

 

帰りは座席も無事ゲットでき、北畠氏祈願所巡りは終了したのでありました。それに

しても暑かった。もう夏なのかねぇ。

 

2019年5月19日 (日)

茶の湯の美術

昨日は大和文華館へ。涼しいこともあって自転車でえっちらおっちら。

「茶の湯の美術」ということで大和文華館が所有する名品の数々が展示

されていました。

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茶が奈良・平安時代に伝えられ、鎌倉時代には禅宗の喫茶法が導入。室町時代

には唐物を飾り立てた豪華な喫茶に。そして室町後期には禅を礎に精神性を

重んじた侘び茶に移行する過程がわかりやすく展示されてました。

●掛け軸では南宋画「雪中帰牧図」などから禅僧の墨跡を経て小倉色紙へ。

●茶碗も「油滴天目」などの唐物から朝鮮茶碗を経て織部焼や志野焼など

国産の焼き物へ。

 

最後の方には、文華館のコレクションの中核をつくった原三渓の書も展示

されてましたね。当時の実業家は茶人でもあったため、コレクションに

茶道具多いのが特徴。ただ文華館は戦後設立され、それからコレクション

を収集したため、茶道具は少なく、中でも茶道具のメインともいえる茶入が

ないのが残念と学芸員さんが言ってました。

 

それでも十分魅力的な展示でしたがね。また訪問させてもらいませう。

2019年5月12日 (日)

10連休最後のお出かけはフェルメールから

10連休最終日から2日前の5日はフェルメール展からスタート。朝なら空いて

いるということで友人の車で9時過ぎには阿倍野入り。車はキューズモールへ。

30分ロハ、5千円以上の買い物でさらに2時間ロハでした。

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19年ぶりに大阪市立美術館で再会です。今回は青いターバンの少女は

来ないようで。

フェルメール(1632-1675)は、風俗画を穏やかな光の表現を用いた

作品を残したことで有名、光の魔術師とも言われます。現存するのは35点

しかなく今回はそのうち6点が大阪に上陸です。

 

予想通り、館内は思ったより混んでなく、ちょっと待てば最前列で

見れました。作品は全49点、最後にフェルメール6点を展示。

「マルタとマリアの家のキリスト」と「取り持ち女」以外は50センチ

四方程度の小さな作品。フェルメールまでの作品は、依頼者にオーダー

されて描かされる作品が一般的であったようですが、フェルメールの

作品は完成作品が市場に流通されていたこともあり、小ぶりなものが多い

のが特徴。画面は小さいですが、窓から差し込む光や描かれた人物のま

なざしに魅了されましたね。またどの絵も家具や服まで実に細やかに描か

れており当時の風俗がよくわかりました。さて次に見れるのは何年後の

ことやら。

 

フェルメールの後は友人の神仏霊場めぐりに同行。

まずは近くの阿部野神社。

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北畠神社にもある顕家公像。もう一体は霊山神社にあります。

本堂裏にこんなものも。

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マツケンは大屋政子に引っ張ってもらったのかな!?大屋政子

事業グループは今でもあるのでせうか!?

 

阿倍野から南田辺へ。法楽寺に参拝です。

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境内には大楠が生え、都心にあるにもかかわらず、オアシス的

な感じで癒やされました。三重塔は平成の建造。木造で圧巻です。

 

車なんで機動力あり。太子町の叡福寺にも参拝しました。

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こちらは西方院からみた境内の様子。左から多宝塔、金堂、南大門の甍が

見えます。金堂のさらに奥には聖徳太子の御廟所である磯長廟があります。

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廟は横穴式石室を持つ円墳形式で、聖徳太子のほか、妃である膳部大郎女と

母である穴穂部間人皇后が葬られています。その後、太子を慕い空海や親鸞、

叡尊なども参籠。太子信仰の中心となりましたが天正2(1574)年、信長の

兵火にかかり、灰塵と帰します。その後、順次再興され、現在の姿にまで蘇っ

たようです。

 

お太子様のお寺ということで観光バスなど多数の方が参拝に来られてまし

た。

 

府道703号線で穴虫峠を越えて最終目的地である屯鶴峯へ。奈良人ではあり

ますがこちらは初めて。駐車場に車を止め、数分歩くととうちゃこ。

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思ったより白い(・o・)!あと観光客おおし(・o・)!

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白い岩肌は凝灰岩ださうで、風化水蝕により渓谷となった県の天然記念

物です。他の見学者のように下まで降りでみたいのですが、岩肌が崩れや

すく、柵もないこともあって下手すると滑落しそうで、こちらは遠目に見

学してました(^_^;)。

 

下には防空壕もあったようですが、暑さにまた場所もはっきりわから

ないこともあって断念。その後、行き方を先達に聞きましたが行くなら冬

とのことでした。行くかなぁ(^_^;)!?

 

そんなこなんで時間はすでに5時前。最後は広陵の粉もん屋八の本店でお好み焼き

で締め、gw先後の遠出を満足のうち終了しましたぁ。

 

 

 

2019年5月11日 (土)

因幡堂平等寺展から岡崎界隈

先週の土曜日は、京都へ。まずはロハ券のある龍谷ミュージアムへ。

企画展因幡堂平等寺が開催されていました。

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因幡堂は七条界隈から四条方面に歩いていく際に横を通ったりしま

すがお参りしたことはない。なんでも因幡堂平等寺は東寺西寺以後、

洛中に初めてできた寺院で日本三薬師とも。今から1000年前に

橘行平が因幡で海底より引き上げた薬師如来がはるばる京まで

やってきてそれを行平が祀ったことを起源に持つお堂らしいです。

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展示室には薬師如来や橘行平像など寺宝が60点近く展示されており

見応えたっぷりでした。今度は是非お寺にもお参りしたい。

 

ランチは招福亭へ。場所はそんないいとことも思えませんが、こちら

はいつ来ても地元の人中心に賑わっています。

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カレー丼を注文。いつもの味で美味しいね!

 

五条より地下鉄に乗り東山で下車。岡崎公園のみやこメッセで

開催されている春の大古書即売会に参戦。

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四天王寺と違って空調の効いた室内やし、整然と並べられており、

こちらは非常に見やすくていい。欲しい本も2冊ほどゲット。

いい買い物ができましたわ。

 

徒歩でトボトボ三条まで戻り、志津屋で一服。意外と三条河原町が空いてたのは

驚きでした~。

 

2019年5月 6日 (月)

和歌山バス鈴木紀行

令和2日目は2日ぶりの和歌山市。今回は南海の和歌山観光きっぷ(往復版)で和歌山入りしまし

たが、切符売り場が大行列。お蔭で予定のサザンに乗り遅れ予定は大ぐるい。次回からは気をつけ

なあきませんわ。

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予定修正後の第一発目は和歌山県立博物館の「特別展仏像と神像へのまなざし」を見学。

奈良に住む人間としては仏像は山程見ていますが、神像というのは珍しい。奈良博で

休ヶ岡八幡宮の僧形八幡神像はよく見てますがね。

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特に熊野速玉大社の夫須美大神坐像、熊野速玉大神坐像、家津御子大神坐像

の国宝三神像の揃い踏みは圧巻でしたね。珍しく写真撮影もおkでした。

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観光きっぷは和歌山バスも乗り放題ということで、県庁前から海南駅行きのバスに

乗車したけど大混雑。殆どはマリーナシティで降りましたが、それまで座れず

クタクタ😭。こんな利用があるならもっと増発しろよ~。海南駅についた頃は

お客は二人だけでした。

駅前でランチをし、駅から歩くこと15分。藤白神社にとうちゃこです。

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景行5年に鎮座したとされた古社で祭神は饒速日命に熊野坐大神、

熊野速玉大神、熊野夫須美大神、天照大神。平安時代以降、熊野信仰

が高まると熊野の一ノ鳥居そして熊野九十九王子の1つ藤白王子が建

てられたという。

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鈴木氏発祥の地とも言われ、境内にはこのような看板も。事務所の人にも

いきなり「鈴木さんですかぁ?」とか呼びかけられるし(^_^;)。

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境内中、鈴木さん一色やぁ。

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鈴木氏はもともと熊野に住したが、平安末期にこの地に移り住み

熊野詣の先達を務めたという。源義経の家臣鈴木重家と重清も

こちら出身だとか。

近くの鈴木屋敷には義経ゆかりの松もありましたね。

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ただ屋敷はボロボロ。間もなく解体して文科省の補助金を得て

再建されるそうです。完成した見に来たい!

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御朱印をいただき、しばし海南市街をぶらぶら。

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中心部の一番街は閑古鳥。寂しいねぇ。ドムドムがあったり、

なんかいろいろと時代を感じちゃいました。

 

ふたたび和歌山バスに乗り、和歌浦で下車。鈴木氏ゆかりの雑賀城

へ。妙見山という山にあり、てべんちょには養珠寺のお堂がありま

した。

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その北側の平坦地が千畳敷と呼ばれ、かつて雑賀城の主郭があった

らしいですが、藪だらけで何がなんやらぁ。遺構もへったくれもないのは

仕方ないが、せめて看板ぐらいほしいなぁ^^;。

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さらに蚊もいっぱいおったので早々に退散です。再びバスで和歌山市駅へ。

再び1時間に一本のバスで市民体育館前で下車。

3つ目の鈴木氏遺跡、中野城址です。

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信長の天正5(1577)年の雑賀攻めの舞台となった城。先程訪れた

雑賀城は鈴木重秀の居城と言われているけど、信長公記には出てこず、

こちらが登場しています。

 

信長は浜手と山手に兵を分け、進軍。浜手の滝川一益、明智光秀らの軍勢は

孝子峠を越え、当城を包囲。雑賀衆も頑張るが2月28日に開城したいう。城跡

からは銃弾も発掘されるなど、かなりの激戦が繰り広げられたんでせう。

 

城址はスーパーオークワの駐車場の北側にあり、畑がかつての堀跡と

される。石垣は後世のものであろう。平城のため、往時の様子は

偲ぶすべもないが、こちらで雑賀衆が激闘を広げたと思うと感無量

である。

 

帰りは和歌山バスで和歌山大学前駅へ。拙子が学生時代は駅すら

なかったのに、駅前にはイオンまでできて大発展してました(・o・)。ま

たバスは大学も経由、進学することはなかったですが、久々にこちらも

見学でき懐かしかった。

 

バスで縦横無尽。和歌山バス鈴木紀行でした。

 

 

 

2019年5月 3日 (金)

平成最後の三社巡り

平成最後の日は和歌山の三社巡りへ。貴志川線の1日乗車券を購入しいざ出陣。

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ホームにはたま電車が停車中。

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耳をつけたり、芸が細かいです。内部もこのとおり。

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たまだらけ。あと乗車客の半分は中国系でした。たまはグローバル!

まずは腹ごしらえということで3つ駅目の神前で下車し、歩くこと

15分弱。マサキ珈琲にとうちゃこです。

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ちょっと前、コメダ珈琲に外観などが類似しているということで

訴えられたことは記憶にあたらしいところ。結局、外観やメニュー

などを手直しし、和解したようです。確かに今でも似てるといえば

似てましたがね(^_^;)。コメダにはない、鉄板ナポリタンをいただ

きましたが、結構美味しかったです。オリジナルで勝負しても十分

かと。ふたたび神前から乗車。竈山で下車。まずは竈山神社へ参拝です。

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もともとは村社でしたが、神武天皇の兄神さま彦五瀬命を祀ると

いうことで最終的に官幣大社まで昇格したさうです。

境内は広く静寂。大社にふさわしい趣があります。

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拝殿の後ろには階段状の幣殿が連結、その上の本殿は彦五瀬命を

葬った竈山墓があります。

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こちらが竈山墓。宮内庁管轄です。陵墓は東側より参拝可能です。

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いただいた御朱印はこのとおり。

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神社名の右に記された「肇国宏遠」(ちょうこくこうえん)は

教育勅語に出てくる言葉のようで、前者は初めて国を建てること、

後者は広く遠大なことを意味するようです。彦五瀬命は雄水門

で命を落としますが、竈山より磐余彦尊にヤマトの建国を託し、

この地に鎮まったのでせう。

 

再び貴志川線に乗り、伊太祁曽駅で下車。こちらには駅長のよんた

まがいましたが、ぐっすりおネム。ちょっと狭苦しいところで

かわいそうかなぁ(^_^;)!?

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二社目、伊太祁曽神社です。こちらは紀伊国一宮。

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祭神は五十猛命(イタケル)で、父神である須佐男命とともに

木種を持って降臨。五十猛命は父の命を受け、妹神の大屋都姫命と

津麻津比売命とともに日本中に木種を蒔き、最後に紀伊に鎮まった

とのこと。はじめは日前宮にお祀りされていましたが、その後、

現在の地に遷座したようです。

割拝殿の向こうには本殿が鎮座。

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また向かって左には五十猛命の荒御魂である気生神社がありました。

他にも蛭子神社や祇園神社、御井社など境内には多数の摂末社が。

また拝殿には大屋毘古神が木の俣を利用して大国主命を助けた神話に

ちなんだ木の俣くぐりがありました。

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厄落としをかねてこちらもたのしませていただきました(^^)。

御井社の井戸などなかなか楽しい神社です。

授与所は結構の行列。平成最後とあってか人気ですね。

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ふたたびの貴志川線で終点の貴志駅へ。

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このとおり駅前は大混雑。たま駅長の後任ニタマ駅長も元気でした。

和歌山電鐵の親会社のある岡山で拾われた捨て猫やったみたいですね。

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駅長室はキャットウォークもあるなど結構広々。よんたまにもこのく

らいのスペースをつくってあげてほしい。

グッズ売り場やカフェも併設されており、大賑わいでした。

こんどはちょっと普通っぽい車両で折り返し。

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帰りも8割方観光客。偶に地元の学生などが乗り込んできます。そして

いよいよ三社目のあるその名も日前宮で下車。歩いて1分、

日前宮こと、日前神宮・國懸神宮にとうちゃこです。

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時間は4時を回っていましたが、まだ授与所はあいており、先に

朱印帳を預け参拝です。中央参道の向かって左が日前神宮。

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日前神宮の祭神は日前大神。日像鏡を祭ります。八咫の鏡に先立って

作られた鏡と言われ、代々紀氏がこれを祀ってきました。

反対側には國懸神宮が鎮座。こちらの祭神は國懸大神で日矛鏡を祀ります。

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造りは一緒ですね。両神宮とも伊勢と同体の鏡を奉斎するなどその価値から

皇室の厚い崇敬を受けましたが、戦国時代に荒廃。和歌山は根来寺はじめ、

反織田、羽柴についたことからこの時期に焼けているところが多いね。その後

復興したようですが、現在もちょっと寂しい感じがしました。神社本庁に入ら

ない単立神社だから!?そして平成最後のご朱印がこちらです。

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伊太祁曽神社同様にこちらも一宮です。

 

そんなこんなで三社巡りは無事終了。日前宮前駅では陛下の

最後のお言葉もライブで聞け、感無量でした。

締めは市内で秋刀魚寿司と早ずしをいただき、和歌山をあとに

しました。こんどは一度なれ寿司にも挑戦してみたい~!

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2019年5月 1日 (水)

国司講31

日曜日は平成最後の国司講。gw中はイベントも開催されているようで二両編成の名松線も

何時になくいっぱい。伊勢奥津駅ではイベント情報満載のクリアケースが配布され、また駅

と北畠神社を結ぶ臨時バスも運行されていました。いろいろと頑張ってますね。

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さて駅前の観光案内所でレンタサイクルを借りていざ多気の里へ。今年も多気の空には鯉のぼりが

泳いでいました。資料館、道の駅などめぐりましたが、ハイカーがぱらぱら歩いている程度

です。こちらは10連休は関係なささうですね(^_^;)。

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お土産には東屋の羊羹をゲット。ひよこ豆の素朴な味わいがいいですな。定番です。

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最後に登った霧山城跡も変わりありませんでしたね。山上から見る村の新緑が実に美し

かったです。北畠の里にすっかり日々の疲れが癒されました。

(↓こちらは詰城からみた多気の里)

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比津駅から再び名松線にのり、松阪駅で下車。駅前にはオシャンティな居酒屋が

増殖しており、びっくり。しかも、どこもお客が一杯で流行ってましたからね。

来年は居酒屋も開拓するかな~と思いつつ、茂とんで反省会を実施。平成最後の

国司講を締めくくりました。

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