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2018年12月11日 (火)

丹波悠遊散歩

土曜日は丹波路へ。まずは丹波市柏原地区へ。
こちらは2度目の訪問ですが、前すぎて記憶はあんまなし。柏原八幡神社へも
お参りしましたが、こんな山の上やったっけ!?
 
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万寿2(1024)年、石清水八幡宮の別宮として創建されたさう。重文の本殿の
裏には神宮寺であった乗宝寺の三重塔があり、神仏混淆を色濃く残します。
 
柏原の町は織田家の城下町ということで織田色がプンプン。
 
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初代は信長の舎弟信包。ただし信包系は3代で断絶。その後、元禄8(1695)年、
信雄の子孫である信休が2万石で大和宇陀から入部。
以来10代織田家の城下町となります。
 
Kaibara30004
 
こちらは柏原陣屋。信休が正徳4(1714)年に完成させ、現在の建物は文政3
(1820)年に再建されたもの。表御殿の一部が残っています。檜皮の唐破風と
千鳥破風が圧巻。重厚な造りに圧倒されました。
 
陣屋から西に300m離れた大歳神社には太鼓櫓も現存。もともとは大手門付近に
あったさう。柏原のランドマークになっています。内部にはその名のとおり、
つつじ太鼓とよばれる太鼓があり、この太鼓は宇陀より持ってきたものやさうです。
太鼓櫓の周囲は城下町の風情が色濃くのこっており、散歩によしでした。
 
Kaibara30002
 
他にも建勲神社や織田神社など織田家ゆかりのものが多かったですね。
2万石といえど、やっぱ織田家ってブランドやさかいなぁ。
 
また旧氷上高等小学校がたんば黎明館とオシャンティに生まれ変わってるなど
町もいつの間にか垢抜けて、スイーツやレストランなどのお店なども増殖してい
たのはびっくりでした。
 
Kaibara300010
 
さて柏原をあとに車で篠山市に移動。こちらも久々の篠山城跡です。
 
Kaibara30008
 
慶長14(1609)年に家康が秀頼の押さえとして築いた天下普請の城。藤堂高虎が
縄張りし、20諸侯の大名によりわずか1年足らずで完成にこぎ着けました。
 
城主は家康の子、松平康重が入部。その後、青山氏が入り幕末を迎えています。
 
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大書院は昭和19年に失火のため焼失しましたが、平成12年に再建されています。
ちょうど、できた頃に来た記憶がありますが。
 
Kaibara30007
 
上段の間は折上格天井に帳台構、大床の松の絵などそのゴージャスさは段違い
で見どころいっぱいでした。ただ他の部屋は天井に蛍光灯が埋め込まれていたり、
ちょっとチープな再現にがっかりしましたかも~。
 
さういや篠山市は来年、丹波篠山市に変更するんだとか。篠山に訪れる前に
立ち寄った丹波市に原因があるわけですが、わざわざ変えなくてもねぇ。
本来なら丹波市が氷上市とすべきだったわけで。まあ農業品の売上など色々
あってのことなんですが、損得勘定で地名を替えるのは残念です。
 
訪ねたいお店が閉店していたり、ちょっと元気がなくなっていたやうに感じられた
篠山。せめて改名して元気になるよう期待します。

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