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2015年11月30日 (月)

神仏第139番観音正寺と観音寺城

日曜日も城攻め。安土駅でレンタサイクルを借り出発です。因みに駅前には2つお店が

ありますが、値段は両方共同じみたい。今回は東側のお店を利用しました。店主はなん

でも六角氏の家臣の末裔ださうな。ちと話が長かったですが、その分観音寺城の資料を

たくさんいただけました(^_^;)。

 

まずは観音寺城を目指すべく、石寺の集落までチャリンコを飛ばします。20分弱で登り口

にあたる日吉神社に到着。

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神社と登城道を挟んで反対側には六角氏の居館跡があり、石垣と平坦地が残っていま

した。

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さて神社横の登城口より登城を開始。道は次第に荒削りの階段道にかわります。ひた

すら足元の悪い階段道を歩くこと25分で観音正寺に到着しました。

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以前来た時は入山料は無かったのですが、今回はゲートがあり、500円の志納金を

納めます。ちと高いなぁ(^_^;)。

ゲートを潜ると左側には、近江盆地が一望できるナイスビュゥー。

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右側には近江富士も見えます。絶景かな絶景かな!

観音正寺は聖徳太子により創建され、中世には六角氏の庇護を受け隆盛しますが

戦乱で荒廃し、江戸初期に現在地に堂宇が復興され今に至ります。本堂は明治期に

彦根城の欅御殿を拝領しましたが、平成5年に焼失。現在の本堂は平成16年に再興

されたものです。

こちらは西国32番札所であるとともに神仏霊場札所でもあるため、朱印もゲットしま

した。

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観音正寺をあとに境内の裏にある観音寺城へ。観音寺城は佐々木六角氏により鎌倉

時代に築かれ、戦国時代に信長に滅ぼされるまで本城として機能しました。

山の斜面には1000近い曲輪が築かれ、また石垣を有するなどその規模、質とも近畿

屈指の山城といえ、六角氏の繁栄ぶりを見て取ることができます。

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上は伝平井丸の虎口。曲輪の周囲には重厚な石垣が巡られています。

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石垣造りの城といえば安土城ですが、六角氏は安土城ができる50年近く前に既に石垣

造りの城を築いていたわけです。永禄年間の信長上洛にあたって六角承禎は観音寺城

に籠城しますが支城の箕作城が一晩で落ちると、承禎はこの巨城を放棄しそうそうに甲

賀に落ちます。観音寺城はその威力を発揮すること無く信長軍の手に落ちました。信

長はこの後、安土城を築き、観音寺城はその役割を終えています。

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観音寺城のある繖山を下山し、沙沙貴神社に参拝。六角氏をはじめとする佐々木一

族の氏神様です。

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茅葺きのなんともいえない楼門が印象的でした。

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ピンクのお守りがあれば是非ゲットと思ったんですが、残念ながらそのやうなものは無

かったですね。参拝後は県立安土考古博物館へ。先ほど登った観音寺城の復元模型も

ありました。

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最後は自転車の返却時間もあり、かなり駆け足での見学。肝心の安土城址も行けな

いなど、ちと不完全燃焼な1日でありましたが、そのあとに近江八幡で食べたアンデケン

のチーズケーキは、実に美味かったのでよしとしませうか。

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