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2014年11月の6件の投稿

2014年11月30日 (日)

歴史に憩う橿原市博物館

普通に橿原市博物館でいいのではと突っ込みを入れたくなる名前の博物館。秋季企画展

「かしはらの歴史をさぐる20」を見学に訪問しました。

昔は千塚古墳の資料館かなんかやったやうな?いずれにせよ、こちらの訪問は初めて

です。館内にほかに見学者はいず閑散としていまいたね~。

 

展示スペースは2階で常設展と特別展の2つ。特別展では秋季企画展が開催されてお

り、植山古墳から出土した遺物などを展示。なんとこちらの玄室の石室は熊本から運ば

れてきた阿蘇溶結凝灰岩とのこと。はるばる船に乗って九州から海を渡ってきたわけで

すね~。実物の石を階下で職員の説明のもとに触らしていただくこともできました。

 

常設展では縄文から近世までの歴史を遺物を交え紹介。展示物と見学者の間にガラ

スの間仕切りはなく直に!?見学できます。ただし顔を近づけすぎると警告音がなりま

したが(^-^;。

新沢千塚126号墳からは金の装飾品やガラスの器など多数の貴重な品が出土してお

り、それらは現在東京の博物館で保管されているとのこと。現在のやうな施設が昔から

あれば、レプリカではなくこちらで実物が見られたんでせうねぇ。それはちと残念でした

が、他にも最古の箒や鎧など貴重な遺物の数々を見れたので、期待していた以上に

楽しかったかも。また学芸員の方が終始案内してくれ、いろいろ質疑もできて勉強になり

ました。

欲を言えばもうちと中近世の展示も増やしていただけたら、もっと橿原の歴史に憩うこと

ができたのですがね~。

博物館裏の新塚千塚古墳の見学もいい運動になりました(*^-^)。

Senzuka001

26年度関西文化の日総括

一斉日の16日は京都の2件。まずは木屋町二条の島津製作所創業資料記念館。

その名の通り島津製作所の企業ミュージアム。企業ミュージアムで有料というのはちと

珍しいやうな。展示は島津製作所の歴史を紹介。教材用の理化学実験機の製作から

始まり、2代目源蔵の時代にはレントゲンも作成。蓄電池事業にも成功し、GSバッテ

リーを作成するなど業界をリードする会社に成長します。ちなみにGSは島津源蔵のイニ

シャルからきているさうな!いろいろ発見もありそこそこ楽しめる施設でありました。ノー

ベル賞を取られた田中さんの展示がほんとにささやかな扱いでそれはちと意外でしたが。

 

木屋町通を南下し、次の目的地は京都市学校歴史博物館。京都市は統廃合して廃校と

なった学校をいろいろな施設として転用しており、こちらも博物館として再利用されたもの。

展示物は京都市の学校の歴史で京都市は番組小学校として全国に先駆けて小学校を

整備したとか、往時の教科書などまあ大したことなかったんやが、中でも驚いたのは上

村松園や北大路魯山人などの美術品を各校が所蔵しており、それらの一部が展示され

ていたこと。

京都市は学校の授業で伝統を重んじる土地柄から昔から日本画など芸術教育に力を

入れており、それら卒業生の中から上村松園ら多数の芸術家が輩出されたとのこと。

そして彼らは自らが造形した芸術品を母校に寄贈しており、それらが現在も各校で大事

に保存されているというわけなんですな。学校教育の重要性っていうものをつくづく

感じ入った次第ですわ。

 

とんで23日は難波の日本工芸館へ。難波には何回もいっているが、このやうな施設が

あるのは今まで全くしらなんだぁ。

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難波のど真ん中。周りはマンションやビルに囲まれ、ひっそりと建っていました。

日本工芸館は、昭和25年に堂島の米蔵を利用し開館、伝統的工芸品(民芸品)の保存

育成と普及のため、日本民芸公募展などを開催し活動しているとのこと。

展示物は公募展に出品されたものを中心に展示していました。

Kogeikan003

民芸とは伝統工芸を基礎に実用品で安価で手仕事のものなのださう。だから展示物

も優れた芸術性や作者の著名性は乏しく、正直入館料を支払って見学するという

ことを理解するのはなかなか難しいかも。工芸館内にはお土産物コーナーもあり、正直

展示物とお土産品の境界もはっきりしないわけですから。まあ関西文化の日やからそも

そも入館料は支払っていませんが・・・。

   

今年の3館、いずれも普段からロハでいいやうな施設ばかりと思われましたね。どれも

これもその存在を広く知ってもらうことに意義があるやうに思う施設ばかりやのにあえ

て入館料を必要とする意味が分かりませんでした。さてはて来年はどこにいかうかな~?

おまけ

日本工芸館近くにあったワンダーマンションw。

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2014年11月22日 (土)

三瀬詣26年版

今年も三瀬詣の季節。11月25日は具教卿の命日。三瀬を参らず1年を終えることが

できませうか!ということで職場の皆様3人をお連れし、恒例の大台町へ15日に訪問。

さて毎年気になるのが紅葉の色付き。館跡にある血染めの紅葉の色づきの程如何に?

車で約3時間半をかけて大台町に到着。館跡に行く途中に史跡案内図があり、なんと

新調されていましたが・・・。

Mise26_2

誤字がちと気になりますが(^_^;)。館跡の影響!?

館跡には昨年と同様に幟が健在でした!ほしいなぁ、この幟!ふるさと納税したら

もらえないかしらw。

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何はともあれまずはお墓参り。胴塚に線香を手向け、卿の菩提を弔います。

「南無寂光院殿心祖不智大居士」!

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また具教卿のさらなる顕彰を誓った次第です。さて館跡の紅葉はというと・・・!

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段上地のほうはまだ青々しておりちと早かったやうです。今年は寒いと思い早く来た

のですが残念!

その他町の風景は相も変わらず平和そのものでした。。。

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ただ三瀬砦の八幡さんは立派になられていました。

Mise26008

帰りは瀧原宮も参拝。こちらも式年遷宮が無事終わったみたい。ここに来るとほんと心

洗わますね。

そんなこんなで今年も無事三瀬に参詣できたことに具教卿に感謝し、大台町を後に

した次第です。また来年。


小谷城ハイキング

12日は滋賀へ。友人と京都で待ち合わせし、琵琶湖線でまずは長浜へ。今回の目的地

で小谷城のある河毛駅周辺にはランチするところが無いという情報を得ていたので、長浜

で駅弁を買おうとするも構内にはキオスクもなし、あと手洗いも済ませたかったのやが、な

んとトイレもなし、どんな駅なんだよ・・・(@Д@;。トイレを利用するために駅員さんに

いって改札を出してもらい、まずは事なきを得ますw。ついでに改札外にキオスクがあっ

たので覗いてみたけど駅弁は皆無!ネット情報では確かあったとおもったんやけど

なぁ~(;´Д`A ```。食糧は調達できず仕方なくホームで列車をまっていると地元の爺さ

んが語りかけてきます。駅が新しくなって便利になったとしきりに言うけど、とても便利な

駅には思えないよ~。あと爺さんの孫が福井大学まで長浜から通学しているという話に

は驚いた!なんやかんや話しているうちに列車が到着。それから2駅ほどで河毛に到着

しました。

 

こちらではまずレンタサイクルを借りて、小谷城の麓まで行きます。コミュニティバスもある

けど帰りの時間が読めないのでレンタサイクルを利用しました。

さて河毛駅前にはいきなり浅井長政と市の方の銅像が!仲睦まじい感じがいいですね。

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チャリンコを飛ばすこと約10分で小谷城登城口のある小谷城戦国歴史資料館に到着

します。途中の道は平坦かつ歩道も広く取られているので実に走りやすい。コンビニも

近くにあったので食糧も無事調達でき、資料館前でいただくことができました。

Odani002

おなかがくちくなったところでいざ資料館へ。内部は2つの展示室からなり、1つは浅井

三代の歴史のコーナー。ちょこっとした遺品や年表、系図などが展示、もう1室は小谷城

の模型やイラストでお城をビジュアルに解説。登城前に押さえておくと勉強になるのでお

すすめ。またこちらでは「史跡小谷城跡案内図」という詳しい縄張図付の解説がいただ

けますので、その意味でも訪れたほうがいいかも。実に重宝しましたよ。

 

さて資料館の駐車場横から追手道があり今回はこちらからいよいよ登城。登城口にはこん

な看板も(^_^;)。さういや駅でも熊除けの鈴が打ってましたっけw。

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追手道は延々と足元の悪い山道。10分ちょい歩くと真柄峠に到着です。

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こちらは亮政の時代、六角氏に攻められた際に朝倉教景配下の真柄備中が守ったとこ

ろとも。さらに道を進むと右手に教景の守った金吾丸が展開。金吾丸を右上に見ながら

進むと自動車道と合流し番所に到着します。ここまで25分の道のり。既にかなり疲れる

わけですが、ここからがいよいよ城内と言えるわけで(^_^;)。実際番所跡からは御茶

屋跡、御馬屋敷跡、桜馬場跡と郭が連続します。番所までは延々と山道を歩いてきた

わけですが、景色が明らかに違う。平坦地も説明版も多いからそんなしんどくはありま

せんでした。

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黒金門を入れば大広間跡ですが、右にそれる道があり、そちらに進むと見えて来るのが

赤尾屋敷跡。重臣赤尾氏の屋敷跡で黒金門を打って出た長政が信長勢に攻められ、

本丸に戻れず自刃した場所でもあります。

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まずは合掌し長政公の菩提を弔いましょう。ふたたび来た道を戻り、黒金門をから大広

間跡へ。こちらは別名千畳敷と呼ばれ、長さ約85m、幅約35mの空間をもち、かつては

御殿があったと言われます。

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浅井三姉妹もこちらで生まれたのでせうか!?大広間跡には井戸や蔵跡、また突き当

りにある本丸との間には石垣もよく残されていました。

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石垣横の階段を登れば本丸に。こちらは南北約40m、東西約25mと先程よりは小さく

郭内には天守もあったとか。彦根城の西の丸櫓がこちらの天守とも言われますが、

明らかに違うでせうねぇ。もっと無骨な板葺で下見板の山城風の天守が立っていたの

かな?こちらまでは登城開始から約1時間でした。

本丸の裏には、本丸跡と中丸跡を遮断する大堀切があります。このお城屈指の見どこ

ろの1つですね。

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大堀切奥の中丸跡を抜けると京極丸跡。江北の守護京極氏の屋敷跡とも言われます。

土塁や段上地で構成。またところどころに石垣も見られます。そして京極丸の奥が小丸。

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羽柴秀吉により京極丸を落とされ、浅井父子は小丸と本丸に分断されます。信長軍の

猛攻により久政は先に力尽き、天正元年8月27日、小丸で鶴松太夫の介錯により自刃

しています。長政もそれから間もなく後を追うようにさきほどの赤尾屋敷跡でなくなりま

した。小丸とそれに連続する山王丸にも石垣が築かれていましたが、城割のため派手

に壊されてはいましたね~。これも歴史ですか。

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石垣の上に展開するのが山王丸。こちらは詰の城ともされ、山王権現をまつったことか

らこういう名称になったやうです。

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さてこちらまでは80分ほど。かなりの体力を消耗。帰りの電車の時間もあったため、

残念ながら六坊跡や月所丸跡など搦め手は割愛し、小谷山を下城しました。

 

時間的な制約もあり、あまりゆっくりはできませんでしたがやっぱり見どころの多いお城

です。土塁、石垣、堀切など多数の遺構が残すばかりか、浅井父子の自刃など

歴史的ロマンにも満ち溢れているお城。今までたくさんのお城を訪問しましたが、

そのなかでも3本の指に入ること間違いなしです。今度はゆっくり時間を取って、もう一

度登城し、歴史ロマンに浸りたいものです。

2014年11月 8日 (土)

天皇皇后陛下傘寿記念第66回正倉院展

奈良の秋といえば正倉院展。今年もロハチケットをゲットし、奈良博へ。今年も祝日の夜

の部。オータムレイト開始15分前に入館。鳥毛立女屏風など人気どころの人垣は尋常

じゃなかったけどあとはちらほら。桑木阮咸など混んだところはスルーし、先へ先へ。

 

途中、オータムレイトに追いつかれ一時的に混雑しましたたが、だいたい閉館30分前

で80%の鑑賞を完了。ここでバックし、混雑していてスルーした逸品を鑑賞に再度来た

道を戻ります。

 

 

入館はすでに締め切られていますから見学者は疎ら。ゆっくり鳥毛立女屏風など見学

することができました(o^-^o)。

今回の展覧会、一番げきか~んしたのは鳥獣花背方鏡でした!鋳造された獅子たちは

実に細部まで細工され、立体的。方鏡の中を実に躍動的に走り回っています。また葡萄

や鳥など、ほんとすべての鋳造がまるで生きているようで、釘付けになりましたわ。あま

り古い鏡には興味なかったんですが、この鏡は別格といえるでせう。

最終7:10くらいまでゆっくりと見学。素晴らしい御物を今年も十分に見学でき、満足のい

く展覧会でした。さすが我が国が誇る正倉院御物だけのことありますな。また来年。

2014年11月 3日 (月)

オペラから神仏第87番松尾大社と御所見学

先週は西宮北口の兵庫県立芸術文化センターでオペラ鑑賞。関西二期会の招待券で

「ドン・カルロ」を観る。オペラの素晴らしさもさることながら、一番驚いたのは意外とホー

ルの立派さ。今まで色々なホールを訪れたが一番洗練されていた。シックで落ち着いた

内装。さすが県立、いや神戸のホールだわと。

Matsuo015


そして1日、三連休一発目の土曜はBKワンダーランドへ。朝ドラ「マッサン」のセットな

どを見学。今回の景品は「マッサン」のクリアファイル。毎年色々なお土産があるけど、

今回のが実用的でよかったかなと。毎年クリアファイルでいいな(・∀・)イイ!。

 

連休2日目の日曜は京都へ。阪急は上桂から徒歩約10分、鈴虫寺前に到着。しかし鈴

虫寺に来たわけではない!寺のすぐ手前にあるかぐや姫竹御殿へ!知る人ぞ知るワン

ダースポットなのであります(o^-^o)。

拝観は事前予約が必要ということであったけど、外観だけでもOKということであえて予

約せず訪問したら、門は固く閉ざされ、周りはしっかり塀で囲まれ、内部がよく見えない

ぞ(lll゚Д゚)。予約しなくても外観くらいは拝めると思っていたら甘かったわ。

仕方なく塀の外からなんとか竹の金閣をちょろっとみることができました。

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さて鈴虫寺前のバス停から京都バスに乗り、松尾大社へ。石柱横にある酒器のオブ

ジェがなんともお茶目(゚ー゚)。

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参詣道には京都府神社庁もありました。普通は一宮に隣接していることが多いのですが

こちらは二十二社に列格していますからね、格は十分といったところか!

(じんじゃちょう)

歩くことまもなく赤鳥居に到着。松尾大社は大山咋神と市杵島姫をまつり、創建は大宝

元(701)年に秦忌寸都理が松尾山の磐座に神霊を祀ったことが始まり。以降、都の守

護として篤く崇拝されたやう。

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鳥居の上には榊が12ぶら下げられており、これは脇勧請というらしい。農作業の出来具

合を占った太古の風習が今に伝わるやうです。

鳥居を抜けてすぐ左には駕輿丁船が。これは松尾祭の船渡御で使われたものである

とのこと。

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楼門をくぐれば背後に松尾山を擁した境内が現れます。

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よくは見えませんが本殿は松尾造で室町初期のもので重文指定されているさう。拝殿

や回廊なども同じく重文指定されています。

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しかしこちらの見どころはなんといっても実に神々しい松尾山!まさに神がおはします神

奈備という雰囲気が実によく伝わってきます。当日は雨が降って山に靄がかかっているこ

ともあって、余計にそんな気持ちになりましたね。ありがたやありがたや。

 

また当社を開いた秦氏が酒造の技術に長けていたこともあり、酒造の神様としても有

名。境内にはこんなものも。Matsuo008

占いまでこんな感じw。

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お酒の資料館もあります。しかし中の展示物が(@Д@;。神饌はちょっと洋風やしw。

Matsuo010

杜氏なんて超洋風ですもんww。まあ色々勉強になりましたが。

Matsuo011

ご朱印はこんな感じでした。

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松尾大社から再び京都バスに乗り、烏丸御池へ。しかしこのバス、大回りするやらで時

間がかかりまくり。結局松尾から烏丸まで1時間もかかっちゃいました(;´д`)。尾張屋で

そばをすすり、京都御苑へ。当日は京都御所の一般公開日でした。雨の中にもかかわ

らず御所内は大盛況。

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なかでも紫宸殿は圧巻。

Matsuo012

唐風を意識させる平城宮蹟の大極殿とちがって実に和風ですねぇ。やっぱり、瓦じゃなく

て檜皮葺というのがいいな。大正天皇と昭和天皇の即位もこちらで行われたさう。

高御座も往時のものださう。歴史を感じますねぇ。

邸内は思ったより広く、ほかにも清涼殿、小御所、御学問所など見どころがつきません

でした。因みに現在のほとんどの建物は安政2(1855)年に再建されたものださうです。

 

さて御所も堪能し、本日最終目的地の冷泉家へ。今出川御門すぐ北に位置し、周囲は

同志社の敷地で囲まれています。

冷泉家は藤原定家を遠祖とする和歌の家で、こちらの邸宅は現存する最古の公家の家。

現在の邸宅は天明の大火後、寛政2(1790)年に再建されたもの。東京遷都でほとんど

の公家屋敷は取り壊されたがこちらは奇跡的に残ったとのこと。

見学料は800円とかなり高めですが、大学生!?らしきガイドもおり、簡単な解説もあり

ました。表門にある玄武、庭園にある左近の梅に右近の橘、座敷の無季的な唐紙、

台所のしゃぐま、御文庫の唐破風の付いた小窓など。

ただこのバイトたちどういった身分か知らないが、解説から少しでも外れたことを質問

する、いや全く外れてないことを質問しても全く分からない┐(´-`)┌。どうみてもそこ、

質問されるやろ~みたいな(-_-;)。もう少し勉強しようね!なんのためのガイドがわかん

ないよ~。

天候こそいまいちでしたが京の都ののまた~りした王朝・公家文化を十二分に満喫する

ことができた1日でした。さてつぎはいよいよ毎年恒例の正倉院です!

 

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