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2013年11月24日 (日)

豫州征伐記其の壱「しまなみ海道と今治B級グルメ」(11/21)

今月二度目の四国遠征。ここんとこ四国好いてますわ。今回の四国への玄関口は福山。

最終目的地が松山なんでしまなみ海道を経由し四国入りします。福山からはしなまみライ

ナーという高速バスにのり、約50分ほどで大三島BSに到着です。

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大三島といえば大山祇神社。大三島BSから四国からきた特急バスに乗り換えます。

10分程度で神社前に。バス停の名のとおり真ん前が神社でした。

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大山祇神社は大山積神を祭神とする伊予国一宮で大山積神は古事記でいう大山祇神

のこと。山の神そして海の神です。大山祇神の子孫小千神が四国にわたり、海の交通

の要所であるこの地に鎮祭しています。総門は2010年に再興されたもので、「日本総鎮

守大山積大明神」の扁額がかかります。書は藤原佐理によるものです。

門をくぐりしばらくいくと大きな楠があります。

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この楠は小千命がお手植えしたものと言われるもの。神木にもなっています。左手には

長屋風の建物が。

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十七神社と言われ、国中の神様を祭っています。ただ修理中で神像は本殿に遷座され、

見学はできませんでした、残念。神門の向こうには拝殿が鎮座します。

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なんとも重厚な造り。素木造というのが落ち着きを添えているのかも。背後の本殿と同じ

く重要文化財に指定されており、共に1427年の再建。本殿は裏に回るとしっかり見学で

きます。拝殿横の橋を渡ると左手に宝岲篋印塔がある。この塔は河野通広の子である

一遍上人が奉納したものださう。一遍が河野氏の出とは全くしらなんだ。

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境内にはこのような看板がちらほら。

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大麻比古神社でもマムシに注意って結構ありましたし、四国って毒蛇が多いのかね~。

境内には国宝館と海事博物館もありました。国宝館には国宝、重文級の刀剣、鎧兜など

がわんさか。頼朝や義経奉納のほか、中には弁慶の名も。御由緒によれば全国の国宝、

重文の武具類の8割が大三島にあるとか。さすがに見ていて最後のほうはちょっとうん

ざりしたかも。海事博物館には昭和天皇の海洋生物研究用の御採集船葉山丸が保存さ

れていました。お昼は神社前の有名な食堂に行くつもりが大行列。断念しました。

 

 

宮浦のバス停から特急バスに乗ります。行きに乗ったしまなみライナーで四国入り

するつもりが、大三島BSからは乗車できないことが判明。瀬戸内交通の特急バスで

今治に入ることとなりました。こちらのバスは路線バス色が強いのか、大島などでは高速

をおり、こまごまと乗客を拾っていきます。こちらも1時間程度で今治に到着。

 

とりあえずは今治城跡へ。今治城は関ヶ原の戦いの戦功により伊予半国20万石を賜っ

た藤堂高虎が慶長7(1602)年に築城を開始し、10年の年月を費やし完成。城は海水が

引かれた水城で中堀には広大な舟入も設けられました。

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鉄御門は平成19年に築城400年を記念して再興されたもので、石垣すら再興当時は取り

払われており、石垣から復元されています。復元にあたっては古写真や普請帳あるいは

発掘調査などをもとに木造により復元。内部もこの通り。

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石落としもちゃんとあります。最近は木造の本格復元が多くて城郭ファンとしてはうれしい

限り。鉄筋コンクリートの模擬建造物はなんとも味気ないから。場合によっては城郭の

雰囲気をぶち壊しているものもあるから。あれならなくてもいいくらいかも。

二ノ丸には他にも山里櫓、御金櫓が復元されています。どちらも内部は美術品などが展

示されていました。

本丸には天守が。こちらは高虎が創建した5層の天守で、そのものは高虎が津に転封

された際、天守は丹波亀山城に移築されたという。

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はっきりいってなんかこの建物だけ違和感があるんだな~。まあ模擬天守という先入観

があるからそうなんかもしれんが、ひょろっとしていて頼んない感じ。どうせ復元するなら

古写真を参考に二ノ丸の多聞を完全復元してほしかったかも。高虎の城といえば多聞に

複層櫓の連続ですから。さういや津城の模擬櫓もひどいなぁ。まあ天守からはしまなみ

海道が一望できそれはよかったけどね。

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お城は堀越しにこんな感じ。

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石垣には犬走りがあります。これは脆弱な地盤を補強するためといわれる。高虎の築いた

津城にもありますね。両方とも水城だし、さういうことか!

今治の街ぶらもしましたが、ぜんぜん城下町の雰囲気がなかったですな。戦災で焼失

したかのかな~。城下には別宮大山祇神社がありました。

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こちらはその名の通り、大山祇神社の別宮で712年越智玉澄が勧請したもの。隣には

四国札所の南光坊がありました。一応これで本日の見学は完了。締めに今治のうまいも

んということで焼豚玉子飯を食べに白楽天という洒落た中華屋へ。玉子飯はもとは中華

屋のまかないで40年前にメニュー化されたものとのこと。ちょっとくどかったけどそれな

りに。おなかもいっぱいになりました。

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今治からは予讃線で松山へ。日も落ち、足も棒になっておったので、宿のある大街道ま

ではちんちん電車で。

神社あり、城あり充実した1日を終え、眠りにつきました。

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